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日本を脱出しカナダで暮らすソラのブログ

夢を夢で終わらせなかった話。僕にとってのバンクーバー【海外移住ブログ:エンドレスハネムーン(完結)】

2014年の8月から、僕にとってのバンクーバーは「今、自分が住んでいる街」になった。

今から17年前の1997年。
当時中学1年生だった僕は、学校の勉強に全く着いていけてなくて、チビで運動神経も悪いくせに目立ちたがり屋な性格のせいもあって、クラスでかるくイジメにあっていた。
今思えばそれほど暗黒な時代って訳でもなかったけど、たぶんつまらない毎日を送っていたんだと思う。

落ち込んでいる僕を親が見るに見かねてか、たまたまなのか(多分たまたま説が有力)、家族でバンクーバーに旅行へ行くことになった。
僕は超反対だった。英語なんかサッパリだし、右も左も分からない環境に身を置くのが単純に面倒くさくて怖かった。
必死で旅行先を北海道かどっかに変更しようと、親を説得したのを覚えている。

半ば無理やり連れて行かれたバンクーバー。初めての海外。
良い悪いを通り越して、それはそれは衝撃的だった。
大自然の中の大都会、肌の色、目の色、話す言葉が違う人々、英語だらけの看板、ホテルから見える摩天楼、救急車のサイレン、グラフティー、スケボーで街を走り回る人、気さくな店員さん、バケツみたいに大きなカップに注がれるコーラと、枕くらいある袋に入ったポテトチップス、、、、
目に飛び込んでくるもの全てが新鮮で、刺激的で、幼いながら感じたカルチャーショックはハンパ無かった。

「バンクーバー。ヤバい!この街に住みたい!」

帰国しても、またすぐ行きたくてしょうがなかった。
もちろん我が家にそんな経済力はない。
当時、「幸せ家族計画」っていう番組がテレビで放送されてて、内容は、一家を代表してお父さんが、何か暗記モノとか曲芸とか無理難題に挑戦し、クリアできたら海外旅行プレゼント!みたいな視聴者参加型の番組で、親父にその番組に出演(しかも無理難題クリア)してほしいと本気でお願いした記憶がある。

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「バンクーバーに住みたい!」という気持ちは、いつしか「またいつか行きたいな」という気持ちに変わっていった。
イジめられて退屈な毎日を送っていた僕にとって、バンクーバーはユートピアに見えたんだと思う。
ニューヨークならニューヨーク、サンフランシスコに連れられていっていたならサンフランシスコに住みたいと思っただろう。
2010年のバンクーバーオリンピックの頃には、テレビを観ながら「あ〜、バンクーバー。昔行ったなぁ。」くらいの気持ちになっていた。

大学を卒業して、社会人になって、結婚して、WEBデザインとかの仕事をするようになって、仕事のための情報収集をしてた時、バンクーバーで活躍してる日本人クリエイターが運営するブログに出会う。
それを知ったとき、自分の中で消えかかってたバンクーバー熱が一気に高まって、

「自分もクリエイターとしてバンクーバーに住みたい!」

こう思ったら、もう止まらなかった。
気づいたら今、バンクーバーでこの記事を書いている。

スタートラインには立った。いよいよ始まるニューライフ。
先の不安はある。生活を営むのは楽じゃない。でも、それは日本で暮らしていても同じ。
少なくとも僕にとってはそうだった。
それよりも今から送る、17年前に夢見たバンクーバーライフが楽しみでしょうがない。
自分を甘やかすつもりは無いけど、沢山失敗してもいいと思う。
むしろ慣れない異国の地での生活、失敗する事の方が多いかもしれない。
でも、何もしないより幾つか成長するはずだ。

もちろん、焦る必要は無いし、何もしない自由だってある。
必ずしも夢を掲げて突き進んで、叶えなければいけない訳じゃないし、何かを成し遂げなければ死んでしまう訳でもない。
ただ、何もしなかったら僕にとってのバンクーバーは、
いつまでたっても「今住んでる街」にはならず「いつか住みたい街」のままだったでしょう。

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