カナダ・バンクーバーの日常。雨の迷い猫とホームレスとホットチョコレート
起きたら珍しくまだ午前中だった。
ベッドの上でまどろみながら、窓の外の電線と枯れ枝と、遠くに雪化粧したグラウス山が見える。
アパートのドアの外では掃除業者のおばさんがかける掃除機の音がする。
起き上がって、バスルームに行き顔をあらって歯を磨く。
リビングにヨガマットを敷いてストレッチをする。
まだ目が覚めた気がしない。
小さいおわんにシリアルを転がしてミルクを注ぐ。また窓の外のグラウスを見ながらボリボリとシリアルを食べる。カナダに来てからもうずっとこの同じシリアルを食べている。
美味いしとか、飽きないとかそういうことでも無く、ただ毎日食べる。
ただそれだけ。
パソコンを開いてメールをチェックする。今日はそこまで忙しくなさそうだ。
雪化粧したグラウスは、お洒落な洋菓子みたいだなと思いながらバスルームに行って、シャワーの蛇口をひねる。
部屋に忘れたバスタオルを取りに行って、戻ってきてシャワーをあびる。
シャワーを浴びている間、仕事の段取りを頭の中でしていても、気づくと歌を歌っている。
信じられないけど世界にはシャワーが嫌いな人もいるんだろう。
バスルームから出ると、廊下を端までいって戻ってきた掃除機の音が、ドアの外で聞こえる。
ラジオを付けると、陽気な男が週末の天気とかダウンタウンで開催されるイベントの話とかをしている。
あまり面白くなかったので、代わりに一昨日mixcloudで見つけた曲をかける。
髪を乾かして服を着て、コップに水を注いで、椅子に座り仕事をはじめる。
カナダプレイスから聞こえてくるヘリテイジホーンの音で正午だと気づく。
昼食はパスタ。
麺を茹でている間に鶏肉をバターで炒め、塩胡椒で味付けしながら軽く焦げ目がつくまでフライパンの上で転がす。
茹で上がったパスタにパジルソースを絡めて、炒めた鶏肉を乗せる。
パスタと鶏肉を両方ともフォークに絡めて口の中に頬張ると、近所に住む友達から、携帯にメッセージが来た。
その友達は、バスを7台所有していて、それぞれをリースするビジネスをしている。
今日は新しく事業を始めるらしく、ロゴのデザインについて相談がしたいとのことで、午後近所のカフェで会うことになった。
食べ終わった食器を片付けるとパソコンをカバンに入れて部屋を出る。
エレベーターはまた故障中だ。
階段で一階まで降りると、管理人のジェニファーが掃除業者のおばさんとロビーで立ち話をしていた。
「ハイ、ジェニファー」
「ハロー、駅前のバーガーショップが閉まるの知ってる?」
「え、、?」
少し驚いた。
駅前のバーガーショップが閉まることより、唐突にそんな話をしてくるジェニファーにおどろいたのだ。
ジェニファーはディズニー映画に脇役で出てきそうな恰幅のいいインド系の女性だ。
「昨日あそこで何か事件が起きたの。
警察が調べてるけど、とにかくバーガーショップは閉まるらしいのよ。」
と、なんだか興奮した様子でジェニファーは話す。
たしかに、昨日買い物に出たとき、駅前の交差点にパトカーがたくさんとまっていて、人集りも出来ていた。
少し気になったけど、雨も降り始めたのですぐにその場をはなれたのだった。
「そうなんだ、知らなかった。
じゃあ、良い一日を。」
そうジェニファーに言って、アパートの外に出る。
そこまで着込んでいなかったので、少し寒い。
もう一枚着るために部屋に戻るのは面倒くさいなと思いながらカフェに向かって歩く。
歩きながら昨日の人だかりの中の何人かが、銃声の話をしていたのをおもいだした。
なんだか物騒なはなしだ。
バンクーバー市民の足であるスカイトレインと、カナダ大陸横断鉄道二つの線路をまたぐ橋を渡って、交差点を右に曲がる。
Yの字を左に沿って進んでいくと、2人の中年男性がベンチに座りマリファナを吸っている。
ホッケーの話をしている男達と、電柱に貼ってある迷い猫のビラを横目に、ゆるやかな坂を登ると広い通りに出る。
道路を渡ってから左に曲がると、北側の日向になった歩道を歩くことができる。
日向の歩道には、いつもおじいさんが道に絵を並べて売っている。
何度か話したことのある人だ。
いつも決まって、自分はダライ・ラマに会ったことのある人間だ。と、ダライ・ラマと一緒に写った新聞の切れ端を見せてくるのだ。
いい人で、絵も上手だけど、いつもの同じ話は少し苦手だった。
今日は先約の若い青年と既に話し込んでいるようだった。
前を通るとおじいさんは気がついて、日の当たったまぶしそうな顔でハローと言ってきた。僕もハローと返す。
坂の途中に目的地のカフェがある。
カフェの隣にはピザ屋が2件続いていて、手前のピザ屋はいつも客が並んでいるけど、奥のピザ屋に客がいるのを見たことは無い。
カフェに入ると、もう友人は中にいた。
「悪いね、急に。」
「いや、問題ないよ。新しくロゴをつくるの?」
そんな話をしながら、アメリカンとホットチョコレートをそれぞれ頼む。
小一時間ほど打ち合わせをして、外に出ると、もう夕方みたいな空だった。
「最近、日が短いね。クリスマスはどこかにいくの?」
「たぶん家でゆっくりだよ。」
「そっか、今日はありがとう。じゃぁまた。」
そう言って友人と別れて、来た道を戻る。
迷い猫の張り紙。
マリファナの男達はもういない。
大陸横断鉄道の橋を渡って、家にもどる。
部屋で作業の続きをしていると、仕事が終わった妻からメッセージが入る。
外はすっかり暗くなっている。
夕飯はガスタウンで一緒に食べることになった。
仕事のキリをつけると、昼間よりも一枚多く着て外にでる。
小雨が降っているけどそこまで寒くはない。
駅前まで行くと、雨の当たらない庇のしたでストリートミュージシャンが歌を歌っていた。
駅に向かう何人かのうち、ひとりの女性が逆さに置かれた帽子の中に小銭を入れていった。
改札をくぐり、ホームへ進むと、たった今前の電車が出たところだった。
イヤホンから流れる音楽を聴きながら、迷い猫のことを考えていると、遠くから雨の中次の電車のヘッドライトが近づいてくる。
スカウトレインの運行はコンピューターで制御されていて、運転手はいない。
運がいいと先頭の窓が広いいわゆる運転席に座ることができる。
今日は先に乗った人の運が良かったみたいだ。
ウォーターフロントステーションまで行って、ガスタウンで妻と落ち合う。
ガスタウンはその昔港町として栄えた、バンクーバー発祥の歴史ある町。
石畳の通りに面したレストランで食事をしていると、窓の外には夜でも名所のスチームクロックの写真を撮りに集まってくる観光客の姿が見えた。
食事を終えて、外にでると、吐く息が白い。
雨脚も強くなっている。
寒い寒いと言いながら、家路を急ぐ。
最寄りえきで電車をおりて、改札を出ると、ストリートミュージシャンは、毛並みのいい犬を連れたホームレスに変わっていた。
水たまりを踏んでいくバスが水しぶきをあげる。
遠くに灯るハーバーセンターのイルミネーションが赤く雨に揺れている。
2019/01/19/